デジタル教科書の制度、今後どうなる?
みなさんこんにちは。元教員で、現在は教育のICT支援に携わっている深井です。
私が中学校の教員時代に勤務していた自治体では、GIGAスクール構想以前からICT機器の整備が進んでいました。特に、英語の授業で電子黒板を使う先生が多かったことを覚えています。その理由は、「デジタル教科書」による音声読み上げ機能がとても便利だったからです。
当時は指導者用のデジタル教科書しか導入されていませんでしたが、今では、子どもたちが自分のタブレットでデジタル教科書を使える環境が整ってきています。
では、デジタル教科書は今どれくらい普及していて、どんな課題があるのでしょうか。そして、デジタル教科書を取り巻く環境は今後、どう変わっていくのでしょうか。
この記事ではそんな「デジタル教科書の今と未来」についてまとめました。文部科学省内の組織「デジタル教科書推進ワーキンググループ」の資料を基にして、かみ砕いた言葉で解説しています。
- 1. デジタル教科書は「教科書」ではない!?
- 1.1. デジタル教科書は「教科書代替教材」
- 1.2. デジタルならではの機能
- 2. 2024年時点の活用状況と課題
- 2.1. 導入は進みつつある。半分以上使う教師が4割弱
- 2.2. デジタル教科書によるプラスの効果
- 2.2.1. 新たな学びに向けた授業改善ができる
- 2.2.2. 学習上の困難さを低減できる
- 2.2.3. 授業の理解度が上がる
- 2.3. デジタル教科書の課題
- 2.3.1. 環境面の課題
- 2.3.2. 活用面での課題
- 2.3.3. 改善に向け、すでに対策が進められていること
- 3. 今後の制度はどう変わる?
- 3.1. 制度改正を進めつつ、当面の間は紙とデジタルを併用する
- 3.2. 制度面の議論①次期学習指導要領に向け、デジタルも「教科書」へ
- 3.3. 制度面の議論②今後の教科書のあり方、検定における扱い
- 3.3.1. 教科書の内容を全部教える必要はない
- 3.3.2. 教科書は「記述内容」と「デジタル機能」に区別し、記述内容を中心に検定する
- 3.3.3. 負担が少なく、柔軟な採択の方法を検討する
- 3.4. 今の制度で可能なデジタル教科書推進をする
- 4. 最後に
- 4.1. ハイパーブレインはアカウント設定の実績多数!
- 5. 参考文献
デジタル教科書は「教科書」ではない!?
「教科書」と書いてありますが、実はデジタル教科書は制度上、正式な「教科書」ではありません。まずはデジタル教科書とは一体何なのかを確認しておきましょう。
デジタル教科書は「教科書代替教材」
学習者(児童生徒)用のデジタル教科書の定義は、以下の通りです。
デジタル教科書の定義は、教科書発行者が「紙の教科書の内容の全部をそのままデジタル化」した「教材」(ただし、デジタル化に伴い必要となる変更は可能)とされている。そのため、デジタル教科書のイメージとしては、端末画面上に教科書紙面と全く同じ内容が表示され、各種の機能(例えば、拡大・縮小、書き込み・消去・保存、背景や文字色の変更・反転、ルビ表示、リフロー、音声読み上げ等)が付いている教材である。
デジタル教科書推進ワーキンググループ中間まとめについて 「デジタル教科書推進ワーキンググループ中間まとめ」P7
つまり、デジタル教科書はあくまでも紙の教科書と同じ内容が書かれた「教科書の代わりとして使える教材」で、制度上、紙の教科書とは別物なのです。授業で主に使うべきなのは教科書とされているのですが、今の学習指導要領と法令では、デジタルの教科書を使った場合も、紙を使った場合と同等であるとみなしてよい、ということになっています。同等とみなすために、紙とデジタルの内容は同じになっていて、検定は紙の教科書で実施されています。
授業で使用することが認められたのは平成31年4月からです。ただ、当初は紙を使わず全部デジタルで! という授業は認められていませんでした。*1 令和3年4月から「デジタル教科書の使用を各教科等の授業時数の2分の1未満とする制限」は撤廃され*2、今は一部の教科であればデジタル教科書のみで一年の授業を行うことも可能になっています。
紙の教科書は義務教育ではお金を払わなくても国から子どもたち全員に配られますが、デジタル教科書はそうはいきません。原則、学校設置者(自治体など)や保護者がお金を支払う必要があるのです(現在、一部の教科・学年分は国から無償提供されています)。
ちなみに、今の教科書にはQRコードが多数掲載されていますが、QRコード先にある動画や資料も、紙の教科書とは別物です(検定の対象外)。しかし制度上、出版社は紙の教科書の検定申請時にすべてのQRコード先の教材を作らなければならない状況にあります。事実上、自治体に採択されるかの判断材料にされているため、出版社にかなりの負担がかかっているそうです。*3
デジタルならではの機能
繰り返しになりますが、教科書の内容は紙とデジタルで同じです。一方で、デジタルならではの機能が搭載されているのがデジタル教科書の特徴といえます。具体的には下記のようなものがあります。
- 一般的な画面操作(拡大・縮小、書き込み・消去・保存 等)
- アクセシビリティ機能(背景や文字色の変更・反転、ルビ表示、リフロー表示、音声読み上げ 等)
- 紙面の内容をじっくり味わう機能(音声読み上げ、動画再生、グラフを触って動かす 等)
- 教科書準拠問題ドリル(画面上で解答し、正誤と解説を確認できる)

2024年時点の活用状況と課題
さて、この記事のテーマである「デジタル教科書の制度、今後どうなる?」に迫る前に、現状を確認しておきましょう。現状については、デジタル教科書推進ワーキンググループの配布資料にて確認されています。昨年度時点でのデジタル教科書の活用状況と、活用による効果・課題を一部抜粋してご紹介します。
導入は進みつつある。半分以上使う教師が4割弱
令和3年度から、国が小中学校等に対して一部教科のデジタル教科書の大規模な提供を開始しました。令和6年度時点では、小学校5年生~中学校3年生において、英語は約100%、算数・数学は約55%の学校に提供されています。

また、同じく令和6年度時点で、国からデジタル教科書を提供されている小中学校の教員のうち64%は、4回に1回程度以上の授業でデジタル教科書を使用しています。個人的には「4回に1回」という使用頻度は、多い/少ないの解釈に困る微妙な数字だなと感じます。集計結果からは「半分程度以上使用している教員は38%」とも分かるので、ここではこの数字もご紹介しておきます。

国は、令和10年度に「デジタル教科書を実践的に活用している学校の割合」が100%となることを目指しています。
デジタル教科書によるプラスの効果
デジタル教科書の提供が進み、授業でも活用されるようになったことで、デジタル教科書の効果に関するデータが蓄積されてきています。デジタル教科書推進ワーキンググループ中間まとめにおいて、恩恵として報告されているものには以下のようなものがあります。
新たな学びに向けた授業改善ができる
デジタル教科書を様々な教材や学習支援ソフトウェアと適切に組み合わせ、効果的に活用することで、「主体的・対話的で深い学び」、「個別最適な学びや協働的な学び」に向けた授業改善につなげている例が報告されています。
学習上の困難さを低減できる
見えにくさのある子、注意集中に課題がある子、紙を指でめくる動作が難しい子、日本語指導が必要な子など、特別な配慮を必要とする子がいます。デジタル教科書の機能を活用することで、彼らの学習上のハードルを下げる例が報告されています。
授業の理解度が上がる
児童生徒を対象とした大規模調査*4によると、デジタル教科書を「いつも使う」児童生徒は、そうでない児童生徒に比べ、「授業の内容がよく分かっている」割合や、「主体的な学び」や「対話的で深い学び」を行っている割合が高いという結果が出ています。
デジタル教科書の課題
一方で、デジタル教科書を導入するにあたっての教師の主な課題感*4として、次のような点が挙げられています。
環境面の課題
アカウント設定が煩雑であること、画面フリーズ等に対処するのが手間であることが課題です。
活用面での課題
効果的な活用方法に関する情報が不足していること、子どもたちが授業と関係ない操作に集中してしまうことがあることが課題です。
改善に向け、すでに対策が進められていること
上記の課題に対して、政府や業界がすでに取り組んでいる対策があります。
- アカウント登録用のCSVフォーマットを各デジタル教科書のビューアーで統一(教科によって様々な出版社の教科書が使われます。1つのCSVファイルを用意すれば、全教科登録可能な環境になりました)
- 学校のネットワーク改善(「当面の推奨帯域」を示し、各校のネットワークアセスメントや機器入れ替え等を補助する予算が組まれています)
- 実践事例の創出・発信や研修の実施*5
- 子どもたちが授業に集中できるよう、ガイドラインで留意点を示している*5
今後の制度はどう変わる?
デジタル教科書推進ワーキンググループは、今年(2025年)2月に中間まとめを報告しました。今後のデジタル教科書の在り方について、ワーキンググループでの現在の見解が示されています。
なお、この報告がイコール国の制度改正に直結する、というわけではありません。でも、今後の制度改正や学習指導要領改訂に向けた議論において、ワーキンググループが示す方向性や論点が一つの指針になっていくことでしょう。
制度改正を進めつつ、当面の間は紙とデジタルを併用する
中間まとめでは、基本的方向性として、柔軟な制度設計が必要であると示されました。自治体・学校・あるいは教員ごとに異なる環境やニーズに対応できる制度にすることが大切だということです。
制度面の議論①次期学習指導要領に向け、デジタルも「教科書」へ
また、制度の改正については、次のように述べられています。
まず、基本的方向性としては「教科書」の形態として「紙だけでなくデジタルによるものも認められる」ことを制度上明確にし、デジタル教科書も検定・採択・義務教育段階での無償給与の対象にすることが適当だと示されました。また、紙だけ・デジタルだけの教科書以外にも、一部が紙、一部がデジタルのハイブリッドな形態も制度上認めるべきだとされています。
教科書として認める範囲としては、検定を前提として学習指導要領に基づく必須の内容が活字や図表などにより系統的・組織的に記載されたものであることが必要で、学習を補完するドリルや動画などは「教材」と捉えるとされています。QRコード先のコンテンツも同様の考え方で、「教材」部分のデジタルコンテンツが採択に影響を与えないよう検討することが必要とされています。
さらに、「教科書に書いてあることは全部授業で子どもたちに教えなければならない」と考える先生の意識改革や、教科書の内容・分量精選も重要視されています。
新しい形の教科書の導入時期は、遅くとも次期学習指導要領の実施時が望ましいとのことです。

制度面の議論②今後の教科書のあり方、検定における扱い
2025年6月12日、最新のワーキンググループ(第9回)で制度面に更に踏み込んだ検討がなされました。具体的には、下記のような議論がなされました。
教科書の内容を全部教える必要はない
配布資料には、「教科書を網羅的に一律に指導する必要はない」と示されています。学校現場には「教科書に書いてあることは隅から隅まで全部子どもたちに教えなければならない!」と誤解している先生が多くいるのです。でも実際はそうではなく、教科書を参考に先生が自分らしい授業を作ることが想定されています。だからこそ、「網羅的に教える必要はない」と文科省が強いメッセージを発することに意義があるとの意見が交わされていました。
教科書は「記述内容」と「デジタル機能」に区別し、記述内容を中心に検定する
前述のように、今後の教科書は紙のみ・デジタルのみ・ハイブリッドの形態が想定されています。教科書の形態が新しくなるなら検定方法も新しくなる必要があります。その観点から、以下のような議論がなされました。
- 「教科書」は中核的な概念を整理したシンプルで軽いもの、「デジタル教材」は教科書に書かれていない独立したコンテンツとして区別する。
- 文字や図画など、教科書の「記述内容」は審査の対象とする。(現行同様)
- 記述内容の効果的な理解に資すると認められる「デジタル機能」は、ネガティブチェック(足りない部分を指摘する方式)の対象とする。
- 「デジタル教材」は、検定・採択では教科書と切り離す
- 具体的な線引き等は、教科用図書検定調査審議会にて別途検討する
負担が少なく、柔軟な採択の方法を検討する
デジタル(またはハイブリッド形態の)教科書を採択するにあたり、負担を軽減するために「デジタル機能を一覧にして示す」ことや「実務ルールを事前に担当者に説明する」などの案が出されました。次の学習指導要領で新しい学びを目指すにあたり、採択するエリアを現在より小さくする必要があるかなど、議論の余地があるという意見がありました。
今の制度で可能なデジタル教科書推進をする
上記のように制度を変えていこうという考えがありますが、少なくともあと5年ほどは現行の制度が続きます。制度が変わるまでの間に、デジタル活用への理解を深めたり、自治体が教科書採択の観点を見極めたりできるとよいでしょう。そのために、制度改正までの「当面の間」は今まで通り紙とデジタルを併用して推進すべき、とされています。
具体的に検討されている推進方針は、5月のワーキンググループ第8回配布資料で次の項目が挙げられています。(議事録は未公開なので、どんな議論がなされたかは不明です。)
- デジタル教科書の段階的な導入(英語、算数・数学を導入中だが、その次はどうするか)
- 効果的な活用方法の発信、教員の指導力向上
- アカウント管理等の負担軽減(実施済みの取組の周知をしつつ、さらなる取組を検討するのか)
- 健康影響への対応(ガイドライン等の周知徹底をしつつ、更に見直す点はあるか)
- ICT環境の整備
最後に
デジタルのみ、または紙とデジタルを併用した新しい教科書が実現されるためには、来年度までに必要な制度改正を進める必要があります(次期学習指導要領の検討が、前回と同じスケジュール感で進むと仮定した場合)。つまりあと2年ほどで、新しい教科書の形がより明確になっていきそうです。また、現行のデジタル教科書も各校に追加導入されていくことでしょう。
目まぐるしい変化が予想されますので、教育委員会や学校で担当となった方は、アンテナ高くご対応いただく必要があります。
ハイパーブレインはアカウント設定の実績多数!
ハイパーブレインは、自治体の学習系/校務系アカウントの設定実績が多数あります。当社は教育ICT支援の専門企業として25年以上の実績があり、「アカウント設定を確実に・迅速に行うことが、児童生徒のより良い学びにつながる」と、これまでのご支援を通じて体感しています。
学校、先生、何より子どもたちのために、ハイパーブレインは情報化の面から教育をご支援しています。学校に必要なICT環境構築のご相談から現地での導入・設定作業まで、まずはお気軽にご相談ください。
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参考文献
*1 平成 30 年の学校教育法の一部改正等(平成31年4月施行)
*2 学校教育法第三十四条第二項に規定する教材の使用について定める件の一部を改正する件の公布及び施行等について(通知)
*3 デジタル教科書推進ワーキンググループ(第5回)配付資料「【資料1】これまでの議論を踏まえた論点の整理について 」
*4 令和5年度 学習者用デジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究事業より
投稿者プロフィール

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株式会社ハイパーブレイン 教育DX推進部 広報室主任
教育情報化コーディネータ(ITCE)3級
元中学校理科教員。正社員として入社後、パートへの勤務変更、海外からのテレワーク、産休・育休取得を経て2024年にフルタイム正社員として復帰しました
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